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ランプ売るひとつランプを霧にともし

俳句の旅

「ランプ売るひとつランプを霧にともし」

安住敦

この句の魅力は、数あるランプの中で「ひとつ」だけに明かりが灯されていることにあると思います。もしすべてのランプが輝いていたなら、これほど深い情感は生まれなかったのではないでしょうか。闇や霧が深いからこそ、一灯の光はより鮮やかに見えてきます。かつて俳人・森澄雄が「現代人は闇の深さをしらないから、昼の深さも感じられない」と語った言葉を思い出します。暗さを知ることによって、初めて光の存在も実感できる。この一句にも、そんな明暗の美学を感じます。

以下、AIによる鑑賞です。写真からは、昭和40年代の新宿あたりの風景を思い浮かべます。

深い霧に包まれた街角で、ランプを商う人が、並べた商品の中からただ一つだけを選び、火を灯している。描かれているのはそれだけの場面ですが、その簡潔さゆえに、読む人の想像は静かに広がっていきます。霧によって建物や道行く人の輪郭が薄れた世界の中、ランプの小さな灯だけが柔らかく浮かび上がっているのでしょう。

印象的なのは、「ランプ」という言葉が一句の中に二度置かれていることです。最初のランプは売られる「商品」ですが、後半の「ひとつランプ」は、火を与えられた瞬間に特別な存在へと変わります。商品を見せるための実用的な明かりでありながら、その一灯は霧の街に人の気配や温もりをもたらす光としても感じられます。

また、周囲が明るければ、このランプはさほど目立たなかったかもしれません。視界を閉ざす霧と、その中に浮かぶ小さな光。この対照によって、むしろ闇や霧の深さまでが目に見えるものとなっています。

消え入りそうな一灯だからこそ、かえって忘れがたい。安住敦は、ごく日常的な商いの風景から、光と闇、人の営みと孤独までを感じさせる世界を描き出しています。昭和の街角を映した映画の一場面のような、静かな詩情と余韻をたたえた一句です。